美鶴の部屋を確保するために、瑠駆真はアメリカに住む父親を頼った。それ以外に、アテはなかった。
美鶴の役に立つのならば、嫌いな父親にも電話する。
そのくらい、するさ。
「人を好きになるのは、悪いことではないわ」
一直線に自分を睨んでくる相手の瞳に目を細めながら、メリエムは感心するように言った。
「むしろあなたにとっては、良い傾向だと思う。でも、少し盲目になり過ぎているのではないかしら?」
「お前に気遣われる道理はない」
「バカな女に騙されているのではないかと思うと、心配にもなるわ」
「美鶴をバカにするのかっ!」
一歩前へ。このままでは、胸倉を捕まれて投げ飛ばされても、おかしくはない。
だがメリエムは、ゆっくりと顔を綻ばせた。
「ミツルは、そんな女の子ではないわね。なかったみたいだわ」
その言葉に、瑠駆真は初めて視線を緩ませる。それを受けて、メリエムはさらに続けた。
「見かけも中身もキュートな子だと思うわ。ちょっと問題はあるみたいだけど、応援してあげたいとは思うわね」
そこで一旦言葉を切り、ふと真顔で視線を落す。
「でも、あなたの立場を知ったら、どうなるかしら?」
瑠駆真の瞳に、再び鋭い光が宿る。
「立場って…… 何だよ?」
「あなたはミシュアルの息子だわ。それもたった一人の」
「僕はアイツを父親だなんて、認めた覚えはない」
メリエムは、悲しそうに眉を寄せる。
「どうしてそんなにミシュアルを嫌うの? あの人はとっても良い人だわ」
「お前にとっては善人でも、僕にとっては悪人だ」
「悪人だなんて……」
「僕と母さんを捨てたヤツだ。今さら父親だなんて、都合良過ぎるっ!」
そこで言葉を切り、床を睨む。
「それに…… どうせ僕は厄介者だろ? 居ても揉め事の種だ。居ないほうがいいんじゃないのか?」
「そんなことないわ」
「そんなことないっ?」
上げた顔には、侮蔑の色が浮かぶ。美鶴の前では決して見せたことのない、卑劣な顔だ。
「よく言うよ。僕のことでどれだけアイツらが揉めているのか、僕が知らないとでも思ってるのか?」
「ミシュアルがなんとかするわ。なんとかしてみせる」
「勝手にすればいいっ」
吐き捨てるように言って、メリエムへ背を向ける。
「僕には関係のないことだ」
「ルクマ……」
近寄ろうとするメリエムを、背中で拒絶する。
「僕を巻き込むな。僕には関係ない。それに――――」
肩越しに向ける視線は力強く、決して許しはしないという敵意すら含む。
「美鶴も巻き込むな。彼女だけは、絶対に巻き込むんじゃないっ」
その気迫に、メリエムはゴクリと生唾を呑んだ。だが同時に、嬉しくも思った。
ここまではっきりと意思を表示したことはなかった。明確な敵を認識し、その相手に牙を向けるなど、アメリカでの瑠駆真にはあり得なかったことだから……
こんなルクマを見たら、ミシュアルはどう思うかしら。
嬉しいような悲しいような、複雑な心内で、海の向こうの主人を思った。
「私も、アンタのお父さんの意見には賛成だわ」
美鶴の言葉が、瑠駆真を現実へと引き戻す。
見上げると、呆れたような視線とぶつかる。
「何も説明せずに、他人のために部屋を借りてくれだなんて……… 普通の親だったら承知しないわよ」
よっぽど甘い親なのね
嫌味を含めて言われ、苦笑する。
僕に好かれたくて、断り切れなかっただけのことさ。
「ヘンな女に騙されてるんじゃないかって心配するのも、わかるわね。そのお陰でこっちが品定めされるってのには、ちょっと不愉快だけど」
「悪かった」
心を込めて詫びる。
「謝ってくれなくてもいいから、もうちょっとあの人と仲良くしてくれない?」
辟易した態度に、瑠駆真は目を丸くする。
「アンタがあの人とか、アメリカのお父さんを毛嫌いするお陰で、こっちもいろいろと迷惑だし。部屋だったら他にも探すからさ。あのメリエムって人、相当アンタのコトが心配みたいだし」
ねっとりとした空気が、瑠駆真のうなじに纏わりつく。
「私なんかに付きまとうより、あのメリエムって人のこと、もうちょっと考えてあげたら? 私よりよっぽどアンタの為になると思うよ」
「な……… に?」
半ば呆然としたように立ち上がる。
「何を…… 言ってる?」
「だからぁ」
あけすけにため息を吐く。
「私なんかよりも、メリエムさんとの方が―――」
「バカなこと言うなっ!」
激しい勢いで言葉を切られ、美鶴はビクリと身体を震わせる。同時に瑠駆真は机をまわり、美鶴のそばに駆け寄ってくる。
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